立川談春『赤めだか』
溺死
読了後、熱帯魚店に赤めだかを眺めに行った。一匹80円のものから1000円のものまで。日焼けした浅いバケツの中、めだか特有の匂いを散らしながらひれを動かし続ける。表情は読めない。金魚を探す気にはなれなかった。
修行は、矛盾に耐えることよりも、自我を折ることに近い。自分は互換不可能なオリジナルな存在であり、いま以上に厚遇されるべきである。そうした錯覚を、長い年月をかけて現実に順応させていくことでもある。
落語の世界はシンプルで美しい。すべて芸事の始まりがそうであるように、決まり事に見える枠組みは存在するが、至上価値は統一されているからだ。落語家は、落語の文脈の中で面白いものを誰よりも深く評価することができる。敬意を抱き、面白いものについていく。当事者だけが、妙を知っている。
だから、落語のスキームに身の丈を合わせることができればスタートラインに立つことはできる。型を知り、型を破ることで、独自の世界観を築くことを目指す。それができなければ、脱サラして身を捧げる覚悟も打ち砕かれる。
自我を折ることも、オリジナルになることも出来なければ、羨望と嫉妬を込めて想いを託す。どうか、続けてください、ものになってください、と。舞台から降り、観客になる。多すぎる餌に溺れる「赤めだか」のように。
脈々と続いていく純化された世界の中で青年が見た愛憎と落伍、誠意と優しさ、何よりも人間の在り方を切り取った愛すべき佳作である。
(eyecatch source http://www.seefitness.co.uk/wp-content/uploads/2015/10/goldfish.jpg)
©たけと
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