村上春樹『職業としての小説家』
思想の証明
今回の『職業としての小説家』の出版を受けて、一部の春樹ファンは『ウォーク・ドント・ラン』に立ち戻っている。
1981年7月に刊行された村上龍と村上春樹との対談で、龍が代表作『コインロッカー・ベイビーズ』を出す前と後、二回にわたる両者の語りを一冊にまとめた絶版本である。
当時の立場を考えると、『限りなく透明に近いブルー』や『コインロッカー・ベイビーズ』を出し、社会的ムーブメントを巻き起こす売れっ子作家であった龍に対し、春樹は『風の歌を聴け』以来、大きく当てることも長編を書くこともないペーペーだった。
にもかかわらず、どうやら春樹が「自分は龍に全然負けていない」と感じている節が随所に見受けられる。新刊ではヘミングウェイの書き方について初期の作品の方が良かったと述べているが、30年以上前にも同じ考え方を示している。
それは、「天才系の作家が用いている小説の方法論は持続的ではない」というものだ。春樹は常に一瞬の才能の煌めきのようなものを否定し、一個の凡人の立場から凡人がどのような方法論で作品に向き合えば良いのかを語る。そして、その方法論に理屈を超えた確信を持っている。
30年の時を経て二人の立場は完全にひっくり返った。龍が30年間うかうかしている間に、春樹がほとんど毎日、何があっても机にかじりついた成果と言えるかもしれない。
誰の目にも触れることがなかった二人の静かな戦いは、圧倒的な完封を以て終りを告げる。その始まりが『ウォーク・ドント・ラン』であり、終りが本書、『職業としての小説家』である。
この本は、はるか昔に自分を侮った人々への強烈な皮肉なのかもしれない。
(eyecatch source http://www.scholtes.com/scholtes/3/_img/welcome_new/recognized_professionalism/bkg_timeless_design.jpg)
©たけと
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