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村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』

      2015/10/16

 

 

走ることについて語るときにわたしの語ること

 

ある時期、ある年代のときは、毎日本当にまじめに走らなければいけない。(中略)走り込むべき年代は人それぞれ違うけど、「今は走らなくちゃ」とはっきり決意するときがあるはず。そういうときは無理しても走らないといけない。

 

年明けの決意は忘れていない。はじめは二日に一度、家を出るだけで精一杯だった。習慣づけのため肉体労働をし、生活の一部に動くことを浸透させた。

三か月後、都内に引っ越した。今度はスポーツジムの仕事を始めた。運動を本格的に習慣化するためだった。

「あすから施設を利用しても良いですか?」

面接時、目を真ん丸にして驚いたマネージャーの顔が忘れられない。

「もちろんだけれど、あさってから働くというのに気の早い話だね。できれば、周囲のスタッフに顔を覚えてもらってからのほうがよいのだけれど。」

世間で言えば遠回しに断られたことになるのかもしれない。けれども、わたしは引き下がらなかった。どんなことをしてでも、それまでの歩みを止めることは許されなかったのだ。

「いえ、ぜひお願いしたいのです。」

翌日から、わたしは図々しくジムに通い詰めた。月に二十日は顔を出した。業務上関わることはなくとも、大概のひとがわたしを認識した。そしてよく聞かれた。

「どこを目指して走っているのですか?」

話せば、長くなる。誤解のないように言えば、わたしは決して持久走の類いがすきではないし(むしろきらいだ)、自身を追い込み走りつづけることが辛くないわけではない。

それでも、わたしには走らなければならない理由があった。何としてでも身体を0から再構築する必要があったのだ。それは自分と向き合う作業であり、日々の地味な積み重ねであり、己の弱さと訣別する大切な儀式でもあった。

先日。ーーことん、と音がした。わたしはようやく、この荒療治が一旦のおわりを迎えたことを知った。思いの外達成感はなかった。ただ遠くのほうで、次の始まりを告げる鐘が鳴った。

 

(eyecatch source http://topwalls.net/wp-content/uploads/2012/05/A-long-way.jpg)

 

©しゅり

 

 - しゅり

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