絲山秋子『海の仙人』
孤独の殻
「運命の女性」の死でさえ、かたく閉ざされた孤独の殻を破ることができなかった。
こつん、こつんとノックを繰り返し、最期にやっとヒビを入れただけ。
ファンタジーが不完全な存在なら、
そこで語られる「運命」もまた不完全なものだったのだろうか。
なんてやるせない。最初から期待させなければいいのに。
希望もある。
運命の人が見ることのできなかった殻の中身はファンタジーを忘れない、
ファンタジー自身にも予期されることのなかった女性が継ぐだろう。
彼女は自由に生きることも、職業に生きることもままならず、
男を「海の仙人」と呼び慕う。
光を失った男のことも、戸惑いつつもやがて受け入れるはずだ。
同調圧力の中で自我を通そうとすることは、ある種の後ろめたさを伴う。
宝くじに当選し労働を必要としなくなった男は、
アパートの家賃を見知らぬ孤児のために寄付することで言い訳の一つにした。
しかし、目を背けたからといって後ろめたさが消えて無くなってしまうわけではないのだ。
男の心は自分の道を歩くための準備を始め、
ファンタジーに出会い、運命の人へと導かれた。
そして男が変われずにいることを見定めると、ファンタジーは去っていった。
ファンタジーは死に近いわけではない。
自分のスタイルを頑なに守ろうとする者が見る夢であり、我儘だ。
環境の中で道を定めてしまった者はやがて滅ぶ。
そこには誇りもある。最期の一羽のトキが持つそれのように。
(eyecatch source https://matthewdg.files.wordpress.com/2013/01/egg-cracking-with-light.jpg)
©たけと
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