佐伯一麦『ア・ルース・ボーイ』
2015/09/23
自律
おだやかに、毅然と、質素で、てらいなく。18歳の多感な少年が目指した世界は少しだけ、少女には物足りなかったのだろうか。
「文学者」を目指すべく、あらゆる特権性から逃れようとして大学へ進学しなかった佐伯一麦の人生観が素直にあらわれた、少しうるさいくらいに私小説的な私小説である。アッパー・レイヤーからは賤業とみなされがちな生き方を、実は彼らと同じ立場の視線を使って捉え直す試みがうまくいっている点を評価したい。そこには、八十回以上書き直されたという前半部分の展開的な無理のなさが大きく貢献している。歴代の三島由紀夫賞の中でも目を引くようなビッグネーム(江藤淳、大江健三郎、筒井康隆、中上健次、宮本輝)たちをして諾と言わしめた筆致には称賛を禁じ得ない。
特に非難すべき点があるとすれば、幹の失踪前後の心理描写の粗雑さだろう。佐伯自身が主人公の年齢に親しんだのは野間宏や椎名麟三をはじめとする戦後派文学、ゴッホの書簡集、中上健次、八木義徳など。彼らの省略的な表現が当時の佐伯に大きく影響した(一麦=ゴッホの麦畑など)ことは想像に難くないが、三十代前半故か、行間と読者の関係をうまく活かしきれていない印象だ。説明することでわざとらしくなってしまうことを恐れるあまり、この作品が持ち得たかもしれない更なる余韻を損なってしまっている。
不朽の一作と呼ぶことは叶わないが、焦点を当てられることのない尊厳をうまく扱った秀作である。
(eyecatch source http://www.dailypicsupdate.com/wp-content/uploads/2013/03/lonely-umbrella-mosoon-sea-beach-free-background.jpg)
©たけと
ad
ad
関連記事
-
-
宮城谷昌光『劉邦』
個と国家 作家生活25周年目の節目にあたる作品だ。中 …
-
-
綾小路亜也『サラリーマンの本質』
ピンチに見舞われる人には常にピンチがふりそそぐし、チ …
-
-
水野敬也・長沼直樹『人生はニャンとかなる』
表紙のねこは、何を見ているのだろう。かわいさが前面に …
-
-
村上春樹『職業としての小説家』
思想の証明 今回の『職業としての小説家 …
-
-
立川談春『赤めだか』
溺死 読了後、熱帯魚店に赤めだかを眺め …
-
-
R・F・ヤング『時が新しかったころ』
誰がこの本を手にとったとき、狂おしいほどの悲痛なラブ …
-
-
絲山秋子『海の仙人』
孤独の殻 「運命の女性」の死でさえ、か …
-
-
高嶋博視『武人の本懐』
東日本大震災における海上自衛隊の活動記録。副題には、 …
-
-
香山リカ『劣化する日本人』
「自己愛」と「日本人の劣化」。最近のリカ先生は、この …
-
-
坂口恭平『坂口恭平のぼうけん』
坂口恭平を、エキセントリックな才人として記憶していた …
- PREV
- 宮城谷昌光『劉邦』
- NEXT
- 西原理恵子『この世でいちばん大事な「カネ」の話』