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よしもとばなな『High and dry(はつ恋)』

      2014/10/16

 

 

見える人、信じる人

 

彼女は見える人だ、と知ったときの喜びったらない。そのころのわたしは、どうにも人生がうまくいっていなかった。昔からパラレルワールドだの、幽霊だの、そういうことには人一倍敏感に反応し、それはあると、頑なに信じて疑わなかった。だから、サンタさんが実は両親だった、ということに気付いた中2の冬は、ひどく哀しい思いをしたものだ。

けれどもそんな壁もなんのその、夢見る夢子の質は変わらず、21くらいになるまでそのままで生きてきてしまった。見えないものがいちばん大事だと心の底から思っているから、そのまま就職活動では、「心ある表現者になりたいです」と言ったりした。けれども、それではどこも受け容れてはくれなかった。

大人はわたしたちこどもに、昔はよく言っていたと思う。「夢は叶うよ」と。なのに、この歳になって社会に出るとなると急に、その顔を一変させ、こう言い始める。「現実を見ろ」と。わたしにはそれが、この上なく恐ろしかった。大人はわたしたちと“ごっこ遊び”をしてきたのか、と、ひとり憂鬱になったりもした。

心のやり場のない、そんなわたしをあたたかく迎え入れてくれたのは、いつでも、こちらの世界の住人だったように思う。彼女のように見えていても、それを個性として、そうして自分の糧として、逞しく生きているひとたちもいるのだ。そう思えるだけでわたしは、わたしはまだ生きていてもよいのだと、許されているような感じがした。

この作品も同様だけれど、特に、彼女が14歳くらいのお話なので、感性がひと際光っている。異様に“おませ”なところはまったくついてはいけないけれど、彼女は常に全身で世界を感じようとしているので、読んでいてとても気持ちがよい。いわゆる現実をぽーんと手放して、感受性に身を委ねられる、とても優しい物語だ。

 

©しゅり

 

 - しゅり

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