小野不由美『丕緒の鳥』
2014/09/29
屍鬼など、有名作品を手がける作者のシリーズ作品、人呼んで“十二国記”の最新巻、短編集だ。前巻から数えた刊行間隔は驚くなかれ、奇しくもおよそ十二年の開きがある。狙ってやったのかは不明。中学生の時分にこのシリーズを読んだとき、「今までのペースなら多分、読破したあたりで新刊が出るだろ、ワクワクするなぁ」と愚考したことを覚えている。まさしく愚考そのものであった。とはいえ、情状はある。本巻最初の短編の発表は六年半程度の開きなのだ。半分以上じゃないかやっぱり許せん。
このシリーズは分類すれば異世界ファンタジーに該当する。ライトノベルレーベルで出版されたことの理由としては十分である。自身は未熟であるけれども、恐縮ながら、文芸作品の鑑賞を進めるとほとんどのライトノベルに以前では見逃していた粗がちらつくようになる。しかし、このシリーズはその限りではない。
小説は虚構であると常々主張している私であるが、これほど見事な虚構にはそう出会えていない。虚構は、読者の体験にアクセスするため必ずなんらかの接地点を用意する。そして、その接地点が少なければ少ないほど、倒立したピラミッドのような不安定さを醸し出す。現代世界への接地面積の偏狭さにおいて十二国記は他の追随を許さない。古代中国に類似しているが、類似という表現は同時に差異をも意味していることを脳裏に留めてほしい。
この作品において、世界は点対称な十二の国に分たれている。シリーズ名の由来だ。そして、その国々を治める政治は現代では息の細い王政である。しかし、王の選定は世襲でなく天命によるものだ。神は天上に実在して平静に雲下を見下ろし、荒れた土地では妖魔が跳梁する。官吏となる人間はすべからく仙籍に入って不老の存在となり、交配ではなく木に成る果実が生命を孕む。人間も例外ではない。
こうして世界観を説明すると、私もそのあまりの荒唐無稽さに頭が痛くなる。だが、繁殖に性行為が必要ないにもかかわらず、職業としての需要があるという描写は人間の欲を不気味なまでに象徴する。そして、現実とこの世界で唯一接地するもの、それが、「人間」なのである。成り立ちは違えど、人間の苦悩、慟哭、生命の躍動がこの物語には溢れている。本筋の物語は王としての責務を果たそうとする陽子についてであるが、スポットに照らされれば全ての人物がその内に物語を持っていることを訴えかけてくる。本短編集では主要な人物の登場がない代わりに、影に隠れた庶民や小役人が主人公となる。そして、その重みは陽子に比してなんら変わらず、重厚なものだ。ハードボイルドと換言してもいい。この人間ドラマが私の胸を振るわす。その感情のうねりが、人物の背景に紐付けられた虚構を繋いで、巨大な逆さま別世界を立ち上げていく。
圧倒的なカタルシス。世界観を享受してしまった者はもはや紡がれる物語に注視する他ない。私も待つことを選択させられた哀れな虜囚だ。罪作りが過ぎるぞ小野不由美。
©たなかよ
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