吉本ばなな『白河夜船』
2014/09/25
死か、不倫か。
ひとりの空間に慣れすぎると、だんだん、自分とまわりの世界との間に見えない壁ができるような気がする。大学受験の夏、わたしはすべてが嫌になってしまったので、家を出なくなった。それこそ、この本に出てくる寺子のように、ねむっては起き、ねむっては起き、というサイクルを繰り返した。
人はある隔絶された世界の中にいると、生きる影がどんどん薄くなってしまう。無気力になり、大抵のことはどうでもよくなる。今まで自分が積み上げてきたものすべてを投げ出して、未来に目を向けることをあきらめるようになる。しおりはきっと、それに耐えられなかったのだろう。その先には、暗闇しか見えないから。
もしかしたらわたしも、あのとき現実とは違う、すこし歪んだ世界に足を踏み入れていたのかもしれない。けれどもわたしは欲深い女だったから、そうして家族という人間が辛うじて近くにいたから、なんとか正気を保っていたのだと思う。そのやり場のない欲望の捌け口が、まさかわたしを20キロも太らせることになるとは思ってもみなかったけれど。
そういう意味で、人間はほんとうに繊細な生き物だ。わたしも今はやっと、明日が来ることに恐怖を感じなくなるくらいには復帰できたけれども、それも微妙なバランスの中でようやく浮上してきたのであって、決して容易ではなかった。
元の世界に戻るためには産まれたての赤ちゃんのように、まずは外に出て、太陽の光が眩しい、と感じるところから始めなければならない。けれども“出来た”過去を知っていると、露骨に落ちた体力には容赦なく苦しめられるし、人と話す、ということもどういうことか、徐々に思い出さなくてはならない。
だからむしろそういう時期に、すこしばかり不健全ではあるけれども、寺子と岩永のような関係を築き、人と繋がっておくことは悪くないのかもしれない。それが生きることに続いてゆくならば。すくなくとも、哀しみに蝕まれたまま死ぬよりはよっぽど。
©しゅり
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