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江國香織『すいかの匂い』

      2014/09/18

 

 

 

きっと江國香織の思い浮かべる夏と私の思う夏は違うのだと思った。

表題の「すいかの匂い」をはじめとする、11人の少女の夏の記憶を留めた短編集。この本におさめられた短編たちに共通するのは、夏のまぶしくはじけた記憶ではなく、少し濁ってよどんだ記憶。

強烈な喜びや哀しみが取り立てて表現されているわけでは無い。気怠さを孕んだまま、淡々と進んでいく物語。特に何があるでもなく、何故読み続けられるのか不思議な程、ただただぽつりぽつりと続く。

物語に出てくる少女たちは少女ながらも、無邪気ではつらつとした子どものイメージからはかけ離れ、冷静に周りを観察しながら、それぞれの夏を過ごしていた。夏だからと浮かれることも無く、地に足を着けたままで。嫌だったことや、苦手なもの、誰にも話していない秘密についてなど、全ての物語に暗い記憶がつきまとう。そこにはある種の生々しさがあった。

江國香織はどんな少女時代を過ごしたのだろう。少女たちの過ごす夏に彼女の過ごした夏を重ね合わせる。作品から作者の過去を推論することの際限のなさについては十分に理解しているつもりだが、そう考えずには居られなかった。

見過ごしがちな日常のひとこまひとこまに意味を見出し、だいじにとり出して、一つの物語として昇華する。要約したらなんでもないようなこと、一般人なら二行で書き記すようなことを、ありありとした様子で描き出す。それが出来るのが作家なのだと見せつけられた。

そこに漂う残酷さ、世界観に抵抗しつつも、読み進めるに連れて、自分自身が取り込まれていくのがわかった。描写に五感を刺激する表現が多く、知らぬ間に物語内に引き込まれてしまうのだ。

本当にそんな経験を自分がしたのかと錯覚する。物語に酔わされる。これから夏が始まる浮き浮きとした気持ちを助長させたく思い手にとった私は、見事に裏切られた。

夏が少しおっくうになる。でも決していやじゃない。

 

©るりさん

 

 - るりさん

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