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吉本ばなな『ハチ公の最後の恋人』

      2015/10/15

 

 

混ぜるな、きけん!

 

あ、また戻ってきた、という感じがした。『アムリタ』が纏う重みをどうしても苦しい、と感じて棚に戻したにもかかわらず、同じ重みを多分に含むべつの一冊を手に取ってしまった。

考えてみれば、すでに抱えていた二冊の上にすとん、とこの本を乗せたときの心への不釣り合いなずしん、という重み。たしかに妙な感じはしたけれど、わたしはそれをきっとなにかの勘違いだろう、と思った。「ハチ公の最後の恋人」という言葉尻にまんまとほだされたわけだ。

ハチ公とは、ばななさんのことではなかった。きっとこれはばななさんの最後の恋のおはなしだわ、と勝手に解釈したわたしは、であれば今の旦那さんとの色恋沙汰を書いていて、彼女はこの物語ではハッピーエンドになるはずよ、と嬉々として本を開いた。しかしなんと、そこにあったのは好き同士のふたりが別れる、という予想とは真逆の、切ないラブストーリーだったのだ。

よくよくみるとこの本は「吉本ばなな」著、つまり彼女の初期のころの作品なので、新興宗教やら瞑想やらオカルト要素が出てくる、出てくる。最後の恋人だから当然最近の作品、と思い込んでいたわたしは見事、面食らってしまった。彼女のなにかが開きっぱなしの視界をひさびさに目の当たりにして、すこしぎょっとする。

それは意識的にしばらくは離れようとしていた世界ではあったけれども、無意識はそうではなかったらしい。それでも読み進めると彼女はやはり、きちんと一線を死守していたけれども。彼女は洗脳されない。彼女は彼女の目で現実を見ている。だからこそ彼女には、死んだおばあちゃんを見ることができたのだ。

気概を忘れてはならない、と思う。実はこの世の中にはそういう見えないものを盾にして誘惑してくるひとたちがたくさんいるのだけれど、ざんねんながら彼らに見えるものは、わたしには見えないのだ。そしてわたしに見えるものは、彼らには見えないのだ。

 

©しゅり

 

 - しゅり

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