伊集院静『いねむり先生』
2014/09/07
私にこの本の存在を教えてくれたのは睡眠科医の先生だった。先生から作家でナルコレプシー(睡眠障害)の人がいると聞いて調べてみたところこの本を知った。だから当初「いねむり先生」というタイトルを聞いたときに、てっきり睡眠障害との闘病の話なのかと思っていた。ところが読み終えてみると睡眠障害というイメージはほとんど残っていない。それは「ああ、そんなのあったな。」と属性のひとつとして思い出すぐらいのものであって、それ以上に印象に残るのは「いねむり先生」こと色川武大の人柄であった。
色川武大は実在した人物である。彼は文学に関する賞をいくつかとっていて、世間的には「ギャンブルの神様」として知られていたようだ。この本の著者であり主人公の「ボク」は「先生」に魅力を感じてしだいに交流していく。特にこの本に書かれている色川武大は「作家」「ギャンブルの神様」というイメージというよりは、作者である「ボク」の視点を通して彼だけに見えた「先生」が描かれている。
では作中から伺える色川がどのような人物と言われるとそれは表現するのが非常に難しい。現代でよくあるような「ふわふわ系」や「マイペース」のようなキャラのカテゴリーに入れることもできない。つまるところ、この本の中の「先生」がどういう人物なのかと聞かれたら次の一言につきるだろう。
――先生は先生だよ。
話はドキュメンタリー映画のように淡々と進んでいく。「先生」の言葉や行動が再解釈されることはない。それが「ボク」と2年間を過ごした「先生」のリアルな姿なのだろう。しかし2年間の淡白ながらも密度の濃い交流を通して「ボク」は確実に苦悩や懊悩から脱却し始める。
この本はけっしてドラマチックな展開があるわけでも、衝撃のラストがあるわけでもない。細かい要素を見るならば睡眠障害、アル中、幻覚とネガティブなイメージがあるかもしれない。しかし「ボク」と「先生」が交流した物語の全体にはじんわりと優しい雰囲気が流れているのを感じ取れるのである。
©いけざわ
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