北杜夫『楡家の人びと』
2014/08/17
とても気楽には読めない分量と重々しい内容の割には、文章の口当たりがいい。エンターテイメント性にも富んでいる。
三島由紀夫が「戦後に書かれたもつとも重要な小説の一つである。この小説の出現によって、日本文学は、真に市民的な作品をはじめて持ち、小説というものの正統性を証明するのは、その市民性にほかならないことを学んだといへる」と絶賛したエピソードが有名だ。
北杜夫はトーマス・マンの影響を受けていて、本書の題名からしても「ブッデンブローク家の人々」を下敷きにしていることがわかる。どちらも名作には違いないが、やはり日本人の僕からすれば「楡家の人びと」が心に刺さる。自分たちのものだという気がする。どこか懐かしく、読んでいて情景が浮かび上がってくる。
本書は、作者が実際に生まれ育った青山脳病院をモデルにしている。一代で大病院を築き上げた院長楡基一郎と、その家族たち、病院の仲間達の群像が描かれる。
北杜夫は、独特のユーモアとディティールへの愛情を込めて、運命に逆らえず崩壊していく大病院と人々を描ききる。大正から昭和まで、東京大震災や太平洋戦争を克明に描ききる。並大抵の努力と才能ではこのようなものは書けない。
悲劇であるはずなのに、暖かく、親しみが持てる。そこには「時代」と「生活」がある。それは今の僕たちのところまで続いているはずだから、何かしらの明るさを持ってしか記述できないものなのだろう。
なかなか分量があるけど、読む価値はそれ以上にある。当時の空気にどっぷり浸りたい人は、手にとってみると良いのではないだろうか。
©マダガスカル竹林
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