吉本ばなな『体は全部知っている』
2014/08/17
魂が体に勝るとき
器が邪魔だ、と思うことがある。そういうとき、気持ちがどれだけ急いていても、体は動いてはくれない。頭痛、腹痛、しまいには発熱など、あらゆる手段を用いて体はわたしの気力を削いでゆく。気合いで立ち向かおうとすると今度は魂を外に押し出そうとすらしてくるので、もしや、敵は自分の体自身ではないか、と思うほどだ。
体は常に重要なシグナルを発していて、これを見落とすと後々たいへんな目に遭うぞ、ということをよしもとばななは言っている。それはもうごもっとも。自分の体にこの魂が宿るということは本来、そのくらい絶妙なことなのだ。わたしたち人間はその危機からすこしでも逃れようと、文明を発展させてきたくらいなのだから。
最近の日本人は、そういう意味で平和ボケしている。安全という枠組みが出来上がった状態でこの世に生まれてきたからだ。形としてはしっかり、生活の基盤が整っている。けれども、その本質までは見ようともしない。そんな中、ばななさんは常に、その芯となる部分を捉えようとしてきた人間ではないだろうか。結果、倒れてはいるけれども。
わたしも一度、シグナルを無視しつづけ、その上おさけまで入れて、とんでもない世界を垣間見た経験がある。そのときのわたしは確実に、死を間近に感じた。よっぽど強く心を保っていないと、このまま魂は器を離れ、そろそろ三途の川が見えるのではないか、と思ったほどだ。大げさに聞こえるかもしれないけれど、体はあんがい簡単に、わたしたちを手放す。
けれども。あのときわたしは薄れそうになる意識を必死に繋ぎとめながら、もうこんな無茶は二度としないと心に誓いながら、それでも、いっそこのまま手放してしまったらどうなるだろう、と思ったのだ。そうしたらわたしは、今まで見たこともないような新たな世界に、足を踏み入れることができたのだろうか。
©しゅり
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