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龍應台『台湾海峡一九四九』

      2014/08/15

 

 

戦争被害者の語りを読んでセンチメンタルになるなんて、あまりにもお決まりすぎる。そうはなるまい、と何度も自分に言い聞かせた。「戦争を繰り返し てはならない」とかそんなお題目は言いたくない。言わない。ここに書いてあるのは、ただの現実。ただの知識。そう自分に言い聞かせて読んだ。なるべく冷静 でいたかった。なるべく多くの情報を、目に焼き付けたかった。

「台湾海峡一九四九」は、ノンフィクションノベルである。テーマは、太平洋戦争後の中国本土における国共内戦。筆者は特に、国民党が台湾に追いやら れた1949年をひとつの大きな契機としてとらえる。大きな時代のうねりに、大勢のひとが犠牲になった、その惨状を概観し、真摯に伝えようとする。

読み進めるのは、苦しかった。最初、1949年の意味も何も知らないまま、わたしは表紙をがさつに繰った。繰るにつれて、あまりにも凄惨な記述が あった。何度もページを繰る手を止めた。すこし時間を置かなくては読めない箇所すらあった。読後感はフランクルの「夜と霧」に似ている。ただ淡々と、でも 追い詰めるように迫ってくる、あの感じ。読み進めるのは、すごく苦しかった。読み終えて、わたしはどうしていいかわからなかった。困惑した。

本書の筆者は龍慶台。台湾大学の女性教授で、ドイツ人の息子を持つ。息子は、マイクとメモを用意して、母と、母の親世代の話を聞きたがった。母は応 えた。過去になにがあったのか。調査のために、現代の中国をかけずり回って、身体をばきばきにしながら。いまや老人となった当事者のひとりひとりの目の前 にあった現実を聞き取り、これでもかこれでもかと文章にして積み上げ、重ねあわせて、一つの時代を明らかにした。それがこの本になった。母の話を聞いた息 子は、それを聞いて何を思ったのだろうか。

ジョゼフ・フーシェを思い出した。彼はフランス革命期のマキャベリストである。リヨンの霰弾乱殺者と呼ばれた人で、パリ革命政府に抗した王党派と穏 健共和派がリヨンで大虐殺された事件の片棒を担いだ人物である。要は、政治の名目のために、たくさん人を殺した人だ。また、リヨン大虐殺後も、政敵に勝つ ために人を差し向けて、文字通り葬り去るということをたくさんした。シュテファン・ツヴァイクによる評伝には、彼が実際に何を思ってそれをしていたかは表 れていない。彼は、何を思って人を殺したのだろうか。

少なくとも本書には書いてある。それまで、先祖代々の土地で、なにひとつ疑問に思わない生活を送っていた人たちが、突然理不尽に追いやられるときの 思い。戦争末期で、兵力徴発のための人さらいにびくびくする若者の気持ち。戦争にさらわれた息子を待つ母の苦しみ。親を思って生き別れる姉妹。戦友を埋葬 もできずに次の戦地へ向かわなくてはいけない痛み。

センチメンタルにはなるまい、と思った。そう思っていないと、とてもページを繰れそうになかった。

 

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