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いしいしんじ『ぶらんこ乗り』

      2014/08/17

 

 

書くということ

ぶらんこのようにゆらゆら揺れる。あっちの世界と、こっちの世界。きっとこの本が呼んでくれた。だってわたしはいしいしんじなんて人、ぜんぜん知らなかったから。けれども、何気なく立ち寄った本屋で、何気なく手に取った本を、ひらり開いてみてびっくりする。わたしとおんなじだ!

この日本語の、たどたどしい感じ。自分が意識してないところの、奥の奥のほうにあるものをぐうっと。引っ張り出そうとするとそう、なっちゃう。それはまるで、まだことばをうまく話せないこどもが、ママにわかってもらいたくて必死に発する音と、よく似ている。息が詰まって苦しい。でもなにか、出さなくちゃ。

だから弟は、動物のおはなしをたくさん書いた。それが、あっちの世界とこっちの世界とをつなぐ、唯一の交信手段だったから。だいすきなおねえちゃんに読んでもらうため、ただ、書いた。それしかなかったから。弟にはそれしかなかった。

だからおねえちゃんがはじめ、動物のおはなしを嘘っこだって言ったとき、ぼくは哀しかった。おねえちゃんとだけは、つながれると思っていたんだ。いつもいつでもじゃなくたって、ぶらんこがくりかえしくりかえしいききするように、何度も何度でも、つながれると思っていた。

本当のことをほとんどのひとは知らない。まさかあの気性おだやかな動物園のゾウが! 敷地にふらり迷い込んだハトをその長い鼻でぶんと殴り、気絶したところを足裏でぐりぐり、ぐりぐり、まあるいハトボールをつくっちゃうなんて。挙句ぽーんと蹴っとばし、それをおもちゃにしちゃうなんて。

「そんなのがぜんぶ本当なら、私、本当のことなんて大っ嫌いだ。」

おねえちゃんは言う。でも、ぼくは。弟は、それでもおねえちゃんには「こっちの世界」にいてほしかった。だから命をかけて、ありったけの引力で押しとどめる。半分死にかけたおねえちゃんを呼び戻すために。やっぱり、書く。弟にはそれしかなかったから。

©しゅり

 

 - しゅり

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