吉田武『虚数の情緒』
2014/08/17
大学受験の浪人時代、僕は家でずっとゲームをしていて、成績が振るうはずもなかった。唯一勉強らしきものをしていた時間は、家から少し足を運んだうつのみや書店の中だった。
今はもちろん手元にあるのだが、当時はなぜか本屋に通って、吉田武の「虚数の情緒」を少しずつ立ち読みしていた。購入するのを躊躇ったのはその値段のためではない。僕はその本に生々しく「人」を感じていて、手元に置いておくのが憚られたくらいなのだ。塾に通うような感覚で、本屋に通っていた。
一日一冊本を読んで、その要約を書く。みたいな習慣を試みたことがあるが、結局続かなかった。それは僕自身のずぼらな性格もあるが、また、本当に良い本というのは簡単には読めないし、ましてや要約なんてできるはずもない。という実感もあった。
公式や解法の丸暗記は駄目、理屈を理解して、自分で考える力を養うべきだ。と言った数学や科学の教師の誰もが言うような言葉は、もちろん教育というものを経験してきた僕たちからすればあまりにも月並みだ。そういうことは、古臭い言葉を使えば、「背中で語る」しかないのではないか、本書で著者はそれをやっている。
『本書は人類文化の全体的把握を目指した科目分野にこだわらない「独習書」である。歴史、文化、科学など多くの分野が虚数を軸に悠然たる筆致で描かれている。また「人生」の参考書ともなるよう、様々な分野の天才たちを縦横に配した。漢字、電卓の積極活動なども他に例のない独特のものである。時間をかけて読まれることを希望する』
と帯の解説文にある。傍題に「中学生からの全方位独学法」とある通り、これは独学のための本である。中学生でも理解できる話から始めて、最後はとんでもないことになってしまう。大学受験の足しになったか? と言われるとよくわからないが、もっと大事なものを受け取ったと思っている。僕にとって浪人時代の教師は吉田武だった。
©しっきー
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