岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
2014/08/16
不器用なりの優しさ
淡々としている、という表現がいちばんしっくり来る。要点だけを抑え、物語の展開を読者が理解できる程度に、説明がなされている。いかにもラノベっぽい表紙ではあるけれども、それにしてはあまりに平坦な文章なので、そのギャップに驚く読者もすくなくないかもしれない。
かと言って、そこに心がない、というわけではない。主人公のみなみは女子高生らしく泣いたり笑ったりするし、ストーリーも随所に人間味が垣間見えるものとなっている。きっと、芯、みたいなものを捉えられているからだと思う。
現に、みなみの親友である夕紀が亡くなる場面では、わたしは思わず涙した。それも、いわゆる小説独特の言い回しに感情の昂りが抑えられず泣いた、という感覚ではない。すーっと、気づけば目から涙が零れ落ちた、という表現が正しい。
わたしは、それが岩崎さんらしいなあと思う。彼は普段から物事を論理的に話すきらいがあり、一見つっけんどんにも思える。けれども、冷たいわけではない。そう生きることしかできなかった人間の、むしろ精一杯の温かさみたいなものを、感じずにはいられない。
ただしストーリーとしては、あまりにうまくいきすぎている感じが否めない。ドラッカーの『マネジメント』をだれにでもわかりやすく、具体例を交えて書こうとしたのだろうから、それは仕方のないことかもしれない。けれども、やはり文学的深みはないと言わざるを得ない。
あくまで、「心にコツンと小石のぶつかるような感覚」を抱く程度なのだ。裏を返せば、これだけ多くのひとにもしドラが浸透した理由も、そこにあるのかもしれない。洗練された文章は、ある一定のレベルを超えると読者を選んでしまう、という傾向があるように思うからだ。
そういうわけで、一度は読んでみるとよい。長ったらしい言い回しはほとんどないので、頭がぐるぐる、ぼふんと爆発することはないと思う。通勤時間帯、電車の中でさっくりと読める一冊だ。
©しゅり
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