高嶋博視『武人の本懐』
2014/08/16
東日本大震災における海上自衛隊の活動記録。副題には、そのように記されている。正しいが、不十分である。単に記録と呼ぶにはあまりにも私的で、著者の愛国の想いに満ちているからだ。
高嶋博視さんは震災当時、海上自衛隊の横須賀地方総監だった。災害派遣のほとんどの期間において指揮官を務めたという、初期の災害・復興支援を語る上で外せない人物である。その人が当時の思いを可能な限り忠実に、表現を丸めることなく文字に起こし、時間軸に沿って日記風にまとめたのが本書「武人の本懐」だ。3.11が起こった時の海上自衛隊の上層部の初動に始まり、七月二十六日に入浴支援を終了・八月五日に退役されるまでを描く。
この本のいいところは、海上自衛隊の震災当時の指揮官の下にどのような情報が集まり、思考が展開され、判断が下されたのかということが率直に述べられている点にある。これは、僕たち一般の人間が普段は窺い知ることのできない点であり、非常に興味深い。今後は資料としての価値も持つようになるに違いない。
海自の支援が単なる物質的なものではなかったという証拠に、護衛艦「たかなみ」宛に届いた被救出者(幼稚園の教頭)からの手紙がある。被災直後の辛い状況の中でも(三月十二日に届いたという)手紙を出したくなるほどに、彼らの救助は心に残ったのだろう。救助側の、小さい児を抱いて階段を昇降してあげたり、メッセージを添えた絵を描いてあげたりといった心的余裕もまた、被災者にとって救いであったはずだ。
「武人の本懐」とは、指揮官として59歳の誕生日を任務中に海上で迎えたことへの静かな矜持と喜びから来た言葉ではないだろうか。高嶋さんの無骨な文章は「ものを書く」という行為に慣れていない印象を与えるが、同時に誠実さをも感じさせる。このような力強い人々が危急のときに全力で活躍してくれるのは、本当にありがたく思う。
©たけと
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