筒井康隆『旅のラゴス』
2014/11/15
奇抜ではなかった。筒井康隆の作品にしては、ということだが。常識を覆すような話ではないし、SF的な狙いはない。にも関わらず、本作は筒井康隆の、最も特異な部分が現れている小説だと私は思う。
文明を失い、人々が超能力を獲得した世界。集団移動や壁抜けなどの能力にはどこかおかしみがあり、懐かしささえ感じられる。そういったアイデアは、砂埃がかかったような旅の叙情を匂わせる本書の空気に、よく馴染んでいる。
本書は、ラゴスという一人の男の人生を綴った物語だ。ラゴスはひたすら旅を続ける。途中で奴隷商につかまって鉱山で働かされたり、図書館に閉じこもって本を読んだり、一国の王になったり、高名な学者として故郷に迎え入れられたり……。どれだけ酷い目にあっても、どれだけ良い地位を手に入れても、だれに引き止められようとも、ラゴスは旅をすることをやめない。
長い作品ではない。むしろ、ファンタジーとしては短い分類に入る。短編をつなぎあわせた連作だ。しかし、この短い物語に一人の人間の生涯が広がっている。作品の最も特徴的なところは、その時間感覚だろう。若いころの憧憬、中年の無関心、老年の悲哀。それらが短い断片に、旅の詩情のように綴られている。そこに、一人の人間が経験する人生の冗長さを感じる。その冗長さが、そのまま読者の愉悦へと繋がっている。ラゴスが図書館に閉じこもり本を読み耽る場面には、本好きなら、だれでも感じる部分があるだろう。
どうしても旅を続けてしまう性分、明確な理由は示されないが、本書を読めば理解はできる。この本を呼んで、旅に出たくなる、とは言えない。そんな生半可なものではない。時間が引き伸ばされた、人生と寄り添うような旅の感覚は、どこか悲惨な空気を漂わせている。ただ、本作の口当たりはとても良い。読みやすく、夢中で読みきってしまえるはずだ。あらためて、筒井康隆の恐ろしさを感じずにはいられない。
©マダガスカル竹林
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