星新一『ボッコちゃん』
2014/08/15
言わずと知れたSF作家、星新一の自選短編集である。1つ1つはショートショートと呼ばれる非常に短い作品達であるが、それぞれ予測の出来ない展開が待ち構える。
淡々とした文章でSF的な近未来の風景が切り取られ、人間の有り様、社会の姿をシャープに皮肉る。第三者目線で物語は綴られ、どこかドライでモノクロな世界を感じさせる。そこが彼の作品の魅力でもあるが、この短編集の中の作品の1つである「月の光」は少し毛色が異なる。
ガラス張りの天井から月の光が差し込む部屋で、主人はあるペットを飼っていた。それは15歳の美しい少女。言葉を一切使わずに愛情を注ぎ育てた彼女と、静かな、そして幸福な時を過ごすのが主人の楽しみであった。
この作品は他の作品とは異なり、非常に鮮やかな世界が広がっている。部屋のプールの青い揺らめき、ユリのむせかえる香り、果物の艶やかな姿、そして少女の輝く瞳。それらが月の光に照らされ浮かび上がる。まるで夢のような空間が目の前に現れるのだ。
しかし、この夢は突如終わりを迎える。主人は交通事故に遭い、病院へと運ばれる。残された召使は少女に食事を与えようとするが、彼女は戸惑い怯えるばかり。そして主人が亡くなったと同時に、彼女も静かに息絶える。
少女は主人の溢れるばかりの愛情をその身に受けることのできる、鮮やかで甘い夢の世界の中でしか生きられないのだ。それはひどく退廃的で、悲しいものに映る。だがそれと同時に、愛情に包まれた幻想的な世界に魅了され、吸い込まれそうにもなる。現実のモノクロな世界で生きる私たちには、この世界はとても眩しい。少女は私たちの夢の中で、今日もくるくると踊り続ける。月の光を浴びながら。
©ぶんちょう
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